Webサーフィンをしていて、あるHPの掲示板で「非和解検査」という一風変わったペンネームの持主が大和屋竺氏を中心にした、60年代〜70年代の「アングラ映画」に関心を持っていることを知り、寄稿をお願い致しました。
その「アングラ映画」は通常のそれと微妙な違いがありましたが、本文を読んでなるほどと感心致しました。
非和解検査氏とは面識もなく、ただ関西在住の学生さんらしいということだけしか知りませんでしたが、ぼくの勘が当たって、骨のある文章を掲載することができました。

      非和解検査寄稿目次
60/70年代のアングラ映画追跡
美少年とは誰か?―大和屋竺『毛の生えた拳銃』論
「シネトライブ2001」 雑感
中心を欠いた銀河系―UGA関西上映


60/70年代のアングラ映画追跡
                          非和解検査

 自分が同世代的に観ることの無かった古い映画を好む観客と言うのは、ノスタルジーだけを求めているのではありません。むしろ彼らはそこに現在を見出すことを望み、それらを追い掛けていると思うのです。もっともこれは、映画は時代や背景から切り離して自由に解釈しうるといった相対主義や、映画にはどの時代においても変化しない真意が隠されているというロマン主義とは無縁である気がします。

 もっと何か、ヤバくて揺らぎを孕んだ現在、大和屋竺ならばそれを《タブー》と呼ぶのでしょうか?「イメージの上で、他殺は回収可能なものだろう。すべて世は事もなし、とみなし、主観の安逸に腐臭を回避する術はおそらくある。政治の客観主義、政治の力学の測り方・・・双眼鏡をかざして麻薬ルートに散りばめられた人間模様をおしはかるような透視法も、あるにはあるだろう。しかし、自殺にひとしい息の根のとめ方の方に、老?を鞭うってゆけば、ことは活劇作法上のタブーに触れざるをえない」(大和屋竺「某日茫話」) 
※ 写真は大和屋竺さんの著書『悪魔に委ねよ』ワイズ出版

 金井監督から《60/70年代のアングラ映画》をテーマにした原稿を依頼され、最初に名前が浮かんだのは大和屋竺のことでした。なぜなら大和屋という映画作家ほど、《映画を観ること》が《映画を撮ること》を否応無しに誘発する力に憑かれた作家はいないと思えるからです。彼はそうした様態を呪いや闇といった恐怖に満ちたイメージで語り、彼のフィルモグラフィーもまた演出/脚本を問わず恐怖映画が多くを占めています。しかし、「映画はぜんぶ恐怖映画だった」(大和屋「影の回復」)と書いているように、彼が畏怖していた《タブー》はジャンルを超越しているものです。

 しかし《タブー》と呼ばれる以上、ある特定の《事件》や《集団》に関わるのも事実であり、そして60/70年代ほど映画が実録性を競い合った時代もありませんでした。そもそも《アングラ》という言葉自体が、隠された真実(=UNDERground?)を暴くという方向性を含意しています。大和屋も羽仁進グアルティエロ・ヤコペッティ、または松本俊夫の作品/理論が与えた衝撃をエッセイに書いていますし、卒論の主題も《パノラミックドキュメンタリイ・中世絵巻》でありました。

 いや、何より早大シネ研時代の初演出作が『1.052』という売血を取り扱ったドキュメンタリー(モンド?)であったことが彼の実録性への拘りを示していると思います。しかし大和屋は、羽仁達がまたそうであるように、単なるリアリズム信仰から記録映画に就いた訳ではありません。それは彼が、記録映画的な手法(隠し撮り、インタビュー・・・敢えて挙げるなら、佐藤重臣松田政男といった素人の起用ぐらいですが、彼らは《佐藤重臣》や《松田政男》の《現実》を表象する訳ではありません)を少なくとも自身が演出した劇映画には導入しなかったことが証明しているでしょう。いや、大和屋の《タブー》概念は、徹底的にリアリズムを逸脱するがゆえに現在を照射するのです。《underground》から《アングラ》への、いかにも軽薄なカタカナ化がその逸脱の痕跡を伝えているとでも言えるでしょうか?

 《アングラ》という用語を1968年前後の日本に流布させたのが、フォーク・クルセダーズのアルバム『ハレンチ』であり、その中に収められた『帰って来たヨッパライ』であったのは有名な挿話です。ダーツとジャイアンツが競作した『ケメコの唄』を始めとした有象無象のアンサーソングを招来しただけでなく、GSブームを67年の時点で総括(この年、同じく京都出身のタイガースがデビュー。GSの終焉は69年)し、それが無自覚に懐胎していた過去の音楽との決定的な断絶(ファズに代表される音響技術の追及、アマチュアリズム・・・)を批評的に抽出した、言わば《アングラ》だけでなく学生運動などをも含むあの時代の象徴であった訳ですが、同時に彼らがその歌のごとく《幽霊》のような存在であったことは見逃せません。というのは、『ハレンチ』をリリースした時点で彼らは解散しており、『ヨッパライ』のヒットで一時的に復活したという事実があるからです(更に言えば、端田宣彦はオリジナル・メンバーではありません)

 彼らの主演映画『帰って来たヨッパライ』を監督したのが、やはり京都出身の大島渚であったのはその意味で興味深い事実です。『愛の亡霊』という名前の作品さえ撮っている大島は、人物を《幽霊》化させることに腐心してきた作家でありました(その最新作『御法度』『雨月物語』に材を取った《幽霊》映画です)。それはリアリズムから逸脱する強度を導入することとも言い換えられうるでしょう。大島ほど実際にあった実録性に就いた作家はいませんが(瀬戸内通り魔事件、小松川女子高事件、阿部定事件・・・樺美智子を殺した6・15事件も入るかも知れません)、それはその反リアリズム的資質に支えられていたのです。

 80分の長さを持つこの『返って来たヨッパライ』は、ちょうど半分の40分を過ぎた所で冒頭の場面が反復します。その過程において日本人が韓国人に、不忍池が日本海に、奥にビルが見える日本の風景がヴェトナムの戦地として入れ替わっていきます。要するにイメージが正しい名前=物語を剥ぎ取り、浮遊することが目指されていると言えるでしょう。裸で登場し、軍服、学生服、ウェディング・ドレスとコスチューム・プレイの限りを尽くす緑魔子と、後半殆ど全ての脇役を一人で演じてしまう殿山泰司がその象徴です。そして、北山修がこの状況を目の当たりにして「気味が悪い・・・」と漏らすのですが、その不気味さに韓国人に対する日本人の差別意識を透視するところに大島の政治性があります。

 差別表現は端的に《タブー》です。それについて思考することは、それに関わる《集団》についての思考を避けては成立しませんし、それと闘争する時には《事件》を措定することが不可欠です。そして映画がイメージに関わり、なおかつ差別が論理ではなくイメージを優先させることによって生産される以上、映画は差別論を導入せざるをえなくなっているのも事実です(そのせいか狭山闘争、入管闘争をきっかけに反差別闘争が勃興してくる60/70年代の作品ほど、現在上映困難なものが多いです。取り敢えずの名前として、今井正『橋のない川』三島由紀夫+堂本正樹『憂国』を挙げておきましょう)。イメージの壊乱、集団の把握、事件の解体/再構築を基盤とする大島=創造社の方法論は、単に美学的なだけのものでなく、政治的なものなのです。

 そして、この政治性は伝染します。というよりも、差別というものがイメージや思考が固定され、正当=正統に伝承された時に発生するのですから、伝染が目指されるべきなのです。映画のこの荒唐無稽な可能性を強く感じさせると言う意味で、私(たち)にとって60/70年代は輝かしいのです。 (敬称略)


 
 
美少年とは誰か?――大和屋竺『毛の生えた拳銃』論
                                        非和解検査

 冒頭、吉沢健演じる司郎は、まずカーブミラーに反射して登場する。次に顔写真として現われ、その上にあしらわれた髭が剃刀で片付けられていく。そして司郎と女性との情交(?)を捉えたスチール写真が並べられた後、ようやく司郎の実体が動き出す。奇妙な導入部である。司郎はいずれも虚像として提示され、本編が始まってもその残像が観客の中に留まり、実体と二重写しになる・・・このように映画の夢幻的なタッチはタイトルバックの時点で既に決定されているのだが、それは未だ大和屋的な《タブー》として定着されてはいないようにも思える。

 前二作『裏切りの季節』『荒野のダッチワイフ』とこの作品との明確な違いは、主人公=視点人物が二人組に設定されているところである。吉沢と同じ状況劇場の麿赤児大久保鷹がそれぞれ扮する高と商と呼ばれる殺し屋コンビがそれだが、彼らはひとまず観客の眼の代理として導入される。そのことは二人組の前に最初に司郎が現われるのが、菅野(山谷初男)が差し出す写真の中であることからも判る。彼らは菅野から司郎の殺害を依頼されるのだが、同時に観客の代わりに司郎の実体を探求し、確定する役割をも付与されているのだ。

 二人組は最初に司郎と邂逅した時、チャンスがあったにも拘らず殺害せず、代わりにその身長――175cmである――や、ホクロの位置などを確認しただけで逃がしてしまう。殺しを忌避する殺し屋というのも奇妙な存在だが、彼らはまず司郎の実体を見定める役割を選択したのだと言えよう。しかし、二人組が手に入れる司郎の情報で判然としているのは殆どこれのみで、残りはみな曖昧である。司郎に襲撃されたボス・野田(谷川俊之・・・彼も状況劇場である)とその愛人・恵子は彼の恥毛の有無をめぐって正反対の証言をし、司郎の恋人と目されたキー子は彼の名前しか知らなかった。司郎は依然として《写真》や《照準鏡》の向こう側の虚像に留まっている。そこで二人組は司郎の実体への接近を何度も試みるのだが、それらはことごとく失敗に終わる。

 二人組が司郎の実体に接近する場面は、夜の工事現場であったり、東京駅の雑踏の中であったりと、いずれも明確な像を結ばない。観客は二人組の姿さえも見失ってしまいそうになる。そもそも二人組の動向は逐――情報屋――佐藤重臣松田政男が扮している――の《双眼鏡》を通して把握されているようであり、司郎との接近を通して彼ら自体も虚像に変貌しつつあるかのようである。彼らは自らの実体も自らによって確定しなくてはならない。その意味で、彼らが菅野に報酬を日払いから月給に変更するよう求めている挿話は興味深い。彼らは経済的にも不安定であり、そこから脱しようとしているのだ。しかし、それはまさに二人組であるそのことによって阻害されるのである。

 二人組の対話を点検してみよう。街路を並んで歩きながら、高は商に胃の調子を尋ねる。商は胃袋を「思いっきりひきずり出して踏んづけてやりてえ」と答える。高はそのことをたしなめる、何故なら「踏んづけてえなんて思っちまったら、もう半分踏んづけているようなもんだ」からと言うのだ。珍妙な会話だが、大和屋が映画において何を《タブー》と見ているかが露わになっている気がする。大和屋が恐れているのは、映画内人物が口に出したり想像したりして登場させたイメージが、そのまま映画の中で実体化してしまう状況である。だが、大和屋にとって恐怖はそのまま魅惑である。映画はこの恐怖を具現化する方に進むであろう。それはまたしても二人の対話から始まる。しかも口火を切るのは、この状況を恐れていた高の方なのである。

 二人組は向かい合い、ステーキを食べている。高は「司郎はオカマじゃねえだろうか」と口走る。商はそれに対して、「そりゃお前が奴と寝てみてえって思ってるからだ」と答える。高はその言葉を打ち消そうとするが、断念して「お前もそう思ったんだな」と尋ね返す。そして二人は、司郎への妄想を開始する・・・この対話を境に、司郎の実体は映画から姿を消す。代わって実体として現われるのは、哲(小水一男)が持ち込んだ司郎の贋の死体――それが贋であることは、身長が172cmであることから判る――であろう。司郎はもはや、二人組の妄想の中にしか登場しなくなる。

 野田の催すパーティーを護衛している間、二人組は二つの妄想をめぐらせる。一つは葡萄畑での司郎との決闘。《思い出すぜ》と商が言うように、これは回想なのかも知れない。だが、井川耕一郎が指摘するように(『大和屋竺ダイナマイト傑作選・荒野のダッチワイフ』フィルムアート社)この決闘はいつ行われたのかが判然としないのだ。井川はこれを工事現場の銃撃戦と安宿での監視の間に設定している。だが、私には未来を回想している場面に思えてならない。二人組は決闘についての妄想を展開することで、実際の決闘を生起させようとしているのではないか?この発想がさほど胡乱(うろん)に思えないほど、この映画の時間系列はこの回想の前後で歪んでいるのだ。

 そして、この奇妙な決闘は司郎が葡萄を食べるエロティックな場面で不意に終わる。二人組はもはや司郎の実体を定めたり、逆に殺害してそれを否定したりはしたくないようだ。それは射精=エクスタシーと思い込んでいる男根主義に似ている。大和屋作品において――そして鈴木清順においても――最も避けねばならないことは、拳銃と男根を同一視することである。拳銃は極めて慎重に取り扱わなくてはならず、快楽を生産するには技術を要するのだ。むしろそれはフィスト/オーラル・ファックに向いていると言えよう。それは射精という目標が無いため、いつまでも持続しうるし、不意に中断しうるのだ。『毛の生えた拳銃』という両義的なタイトルは、この転換を象徴しているのではないだろうか?

 その上でもう一つの妄想を見てみよう。司郎はカウボーイ姿である。そして野田邸に侵入し、屋敷の奥へ奥へと進んでいくが、野田を殺害することなく姿を消してしまう。司郎はここでも奥に向かうことが快楽の生成に繋がるという男根主義を否認している。むしろカウボーイの衣装を着こなす技術にこそ快楽は宿るのだ。そして、この快楽を使嗾(しそう)する存在を《美少年》と名付けうるかも知れない。《美少年》は二人組から実体を剥ぎ取り、ラストにおいては声だけの存在に変貌させてしまう。だが、その声に耳を傾けてみよう。「又奴にハジキの使い方教えてやろう」。商の声は、男根から逸脱していく拳銃を爽やかに肯定する。ここにおいて実体/虚像の二項対立は放棄され、映画はかってない生々しさに向かって開かれるのだ(それは多分に同性愛的だが、それに限定されない)。

 『毛の生えた拳銃』が発表された1968年は、加藤泰『みな殺しの霊歌』増村保造『セックス・チェック/第二の性』が登場し、石井輝男の異常性愛路線が始まった年でもあった。それらは様々なレベルでそれまでの性表現と一線を画した――美少年的な?――表現を獲得しているのだが、『毛の生えた拳銃』はその中でも、最も鮮やかな印象を残す。それは《美少年》吉沢健の存在感に多くを負っているのであるが、同時に彼の存在感を無に帰する方向に施される大和屋の演出の成果なのでもある。 (敬称略)


「シネトライブ2001」 雑感
                
非和解検査

金井勝様  

 お久し振りにメール致します、非和解検査です。
先日、大阪の映画館・梅田プラネット+1において2月11日から3月11日の一ヶ月間にわたって自主映画の上映イベント“シネトライブ2001”が開催されました。そこで村上賢司監督や栗林忍監督等々の作品を観ることが出来ましたので、御報告致します。

 優に百本を超える上映本数であるため全てを網羅することは出来ませんでしたが、それでも50本近くは観ることが出来たと思います。劇映画に記録映画、実写映画にアニメ作品と多様な作品が並び、それぞれに興味深かったのですが、とりわけ印象に残ったのが先述した二監督の作品でした。全く毛色の違う作品の両者ですが、素晴らしい才能だと思います。

  村上監督には上映会場でお話――主にOV作品『呪霊2』に関してなどですが――をさせて頂き、気さくな人という印象を受けたのですが、作品は独特の情感を漂わせながらも、鮮やかなものでした。『原色バイバイ』『夏に生れる』『月の裏側を走る』『カスバから』『はちおく』『夜の性質』『俺に冷たい星』を鑑賞したのですが、特に感動したのが『原色バイバイ』でした。この作品で村上監督はカメラを犬に背負わせたり、逆光の中に曝したり、レンズに女性のくちづけの痕跡を残したりと相当酷使するのですが、そのことによって対象と正しい距離を取った時に結ばれる世界の正しいイメージから逸脱しよう、逸脱しようとしているように思えました。そして、その結果として視覚よりも触覚が強調され、冒頭に語られる高崎の町=女性という隠喩が妙に生々しく肉付けされたように思われるのです。ラストにおいて、ついにカメラは暴走を始め、植物や看板や地面などに体当たりを繰り返すという怒涛の展開を迎えるのですが、実に爽快な余韻が残りました。

  栗林監督は『おいた』『スパーク・ストロベリー・スパイダー』『蝶よ花よと』『レッツ・ゴー!!イチゴガール』『柔―YAWARA―』と、全作品鑑賞出来ました。地獄から来た巨大蜘蛛に襲われる『スパーク〜』や、少女が蝶や花に転生してしまう『蝶よ花よと』など、栗林監督は世界が理由も意味もなく唐突に破局を迎え、人間が人間であることを止めてしまうというヴィジョンに憑かれているように思えるのですが、とりわけ北海道の銀世界を散歩する少女が苺の大群に襲われて凶暴なイチゴガールに転生してしまう『レッツ・ゴー!!イチゴガール』は、それが鮮やかに結実した作品だと思います。人間でなくなったものの悲劇に憑かれた作家と言えば『処女ゲバゲバ』の脚本を書いた大和屋竺という名前が浮かんできますが、栗林監督は大和屋と同じ北海道出身だそうです。北海道には何か、作家に世界の亀裂を垣間見せるものがあるのでしょうか?そして栗林監督はその亀裂に赤い苺を配していきます。恐ろしい才能だと思いました。

  その他の作家の作品で言えば、映画美学校の生徒で女優でもある大九明子監督の『意外と死なない』は、実に軽快なコメディーでした。
 近藤太監督の『俺達の川〜濁流編〜』はシンプルな構成ですが味わい深い小品でした。
 松梨智子監督の『毒婦マチルダ』は、主演でもある松梨さんが衣裳を次々と着替え、ついには偽の北朝鮮に渡航すると言う展開から大島渚『帰って来たヨッパライ』を想起させられました。後半少しダレますが、前半の歯切れの良さはなかなか面白かったです。
 和田淳子監督の『ボディドロップアスファルト』も観ました。神様に扮した金井監督にお目に掛かれました。和田監督の初期作品から貫かれているモノローグが歌を歌うように暴走する箇所は非常に楽しめましたが、主人公が書く小説の筋の陳腐さには、それが映画の構成上必要であっても少し鼻白む思いがしたのは事実です。

 以前、金井監督がメールで書いておられた現在の《実験映像・個人映像》の豊穣にほんの少しですが、接することが出来たと思います。

  それでは、また。


中心を欠いた銀河系――
京阪神のアンダーグラウンド・アーカイブスについて
                               非和解検査

金井勝様   パソコンの復旧、おめでとうございます。

〈この時のPC故障が直ったと思ったら、今度はモニターが完全に破損してしまいました。そこで今日(12日)新しいPCを購入――やっとHPのアップロードに漕ぎ着けたいう次第です。非和解検査氏を初め、訪問者の皆様方に大変ご迷惑をお掛けしましたことをここにお詫び致します 勝丸〉

 さて少し遅くなりましたが、9月21日のアンダーグラウンド・アーカイブス京都における、金井監督の上映イヴェントは非常に楽しかったです。

 『ジョーの詩が聴こえる』は、今回初めて観たのですが、過去の作品のイメージが部屋にある何気ないもの(ついには監督自身の顔までも・・・)をスクリーンとして浮かび上がるシーン、庭先をカメラが周回するごとに時間が吹っ飛んでいくシーンに強いインパクトを受けました。

 それから“微笑う銀河系”三部作の一挙上映は、非常に興味深いものでした。それは、別々に観た時には判らなかった三作品に通底するモチーフが窺えたような気がしたからです。例えば宙空に浮かぶ顔のイメージ、支配的な女性の存在、ミクロな感覚の揺れとして捉えられた革命の予感・・・特に『GOOD-BYE』は、その昔大阪のプラネット+1で観て以来、とんでもないものを観たという衝撃のみが滞留し、何故かストーリーを明瞭に思い出せずにいたのですが、今回見直してその理由が少し判った気がします。

 劇中、むささび童子と金井監督の間で撮るもの撮られるものの交換が語られ、むささびがそれに呼応するように「GOOD-BYE!」と叫ぶのですが、にもかかわらず金井監督が被写体の、むささび童子が撮影者の位置に固定的に存在するわけでなく、二人の位置が曖昧に揺らいで行きます。そこに二人の位置を固定するかのように山崎佑次が登場しますが、彼もまた可変的な位置を占めることしか出来ません。そのために映画には一種の語りにくさ、飲み込み難さが残る気がするのです。『無人列島』串田和美が、『王国』はむささび童子がそれなりに主人公の位置で固定されますが、『GOOD-BYE』は延々とその中心がはぐらかされるのです。私はその自由度、混沌に魅了されました。
 10月7日にプラネット+1『時が乱吹く』の上映があり、観に行こうと思っていますが、これも三部作を一挙に観ることで新たな発見があるかも知れない、と期待している次第です。

  UGA関西上映全体では、松本俊夫『つぶれかかった右眼のために』沖島勲『ニュー・ジャック&ベティ』を観れたことが最大の収穫であった気がします。前者は特殊なマルチスクリーン上映でしたが、選ばれたイメージはカーレースのクラッシュや核爆発、死産したシャム双生児などで、現代文明の残骸を陳列しようとする松本の意図が貫かれていたと思います。ウォーラーステインという社会学者は、20世紀において世界革命は1968年にのみ起こったと断言しましたが、それが今までの革命と違ったのは、同時多発的かつ断片的であったこと、そしてその遠因となったのが他ならぬ全世界を網羅した資本主義=ハイ・テクノロジーそのものにあったからです。必然的に破綻するにも関わらずそれを自ら止めることもできない世界システムの存在・・・松本が呈示したイメージはそれを触知させるものである気がします(些か通俗的ではありますが)。後者は実に奇妙なディスカッション・ドラマで、不意に湧き上がる歌の鮮やかさには衝撃を受けました。『毛の生えた拳銃』といい『処女ゲバゲバ』といい、当時の若松プロのテンションの高さに驚かされました。    それでは、また。

 追伸。  今回のイベントで、またしても『毛の生えた拳銃』大和屋竺監督作品)を観賞致しました。これで都合三度目なのですが、やはり素晴らしい作品です。  さて、拙稿「美少年とは誰か?」は脚本集「荒野のダッチワイフ」に掲載のシナリオを読み、記憶を辿りながら書いたものなのですが、再度画面に接することで見落としていた細部に突き当たりました。それはボスの屋敷で開かれるパーティーの場面、並び合って座る出席者達が一斉に同じ身振り―――ワイングラスを傾けたり、鶏の腿肉に齧り付いたり―――をするショットと、雑誌から切り抜いたモデルの顔写真で自らの顔を隠した女性達が走って来るショットです。ここには明確に鏡の主題が浮かび上がっており、奥行きと現実感の欠落を指向した映画の構造を逆照射しているように思えるのです。大和屋の演出力(高橋洋の表現を借りれば、運動神経)の高さに改めて感じ入りました。 (敬称略)

※ ご意見ご感想は非和解検査まで hiwakai@alto.ocn.ne.jp   


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