お金の「値打ち」を考える
 
− 「インド人もビックリ」の日本の物価 −
2004年4月18日

お金の「値打ち」とはおかしい表現かもしれない。
ただ最近、お金の「値打ち」とは何か、ということを痛烈に考えさせられる本に出会った。
それは「喪失の国、日本」(M・K・シャルマ著、山田和訳)という本である。

副題は「インド・エリートビジネスマンの日本体験記」。
独身のインド青年が日本への長期出張を命ぜられ、2年弱の期間、バブル直後の日本に滞在して、強烈なカルチャーショックを味わうのである。

この本は格調の高い日本文化論になっている。
日本や日本人が本来持っていたものや失ってしまったものを、改めて考えさせてくれる。
ところで、この本を読むと、日本とインドではこれほど物価に差があったのか、と我々もビックリさせられる。

日本とインドでは経済力に大きな差があるため、物価の差はある程度までは当然であろう。
ところが、そんな生易しい物価の開きでは無いのである。
これほどの物価の差はどこから生じるのか。

国家政策の犠牲となり、異常な物価高に悩まされたシャルマ君に代わって謎解きをしてみよう。
                                   
                                   


1.日本は未来の夢の国?

お父さんの影響で、「サムライの国、日本」に憧れ、日本人を心底尊敬している主人公が我が国に赴任する。
彼が先ずビックリするのが、成田空港の歩く歩道であり、未来の国に来たような驚きを見せる。

また、成田でインドの通貨ルピーを日本円に換金するが、日本のお札が全てピン札で、ホッチキスで止められていないことにもビックリするのである。
インドでは、札はホッチキスで止めていないと、銀行員でも札を抜き取ってしまうそうなのである。
換金されたお札を何度も何度も数え直す主人公を見て、今度は日本の銀行員の方がビックリする。

次にビックリするのが、成田から新宿までのバスの移動である。
揺れもなく、音もしないリムジンバスを電気自動車と勘違いしてしまうし、バスの屋根に人が乗っていないことにも驚くのである。

家に入る時に靴を脱ぐことにビックリするのはともかく、靴を自分の手で揃えるという日本の習慣は、「全く信じられない」という。
インドで靴を揃えるのは召使いの役割と決まっており、床に落としたペンやナイフなどを拾う役割も担当が決まっているそうなのである。

カースト制度という身分制が厳然として残っているインドと日本との差はあまりに大きい。
こういった文化の差のほかにも日本独特のビジネスマナーについての感想(始末書の効用や接待の持ち方など)や「公園デビュー」、あるいはオカマバーにおける傑作な体験など、実に興味のつきないエピソードが続く。

ただ、一貫して日本や日本人への尊敬心は厚く、「喪失の国、日本」というタイトルから想像されるようなネガティブな体験記ではないことをお断りしておく。
ただ、以上は本題ではない。
本題は、インドと日本の物価の差である。


日本との物価の差

シャルマ君は、インドと日本との間の物価にあまりに大きな差があることに驚き、随所でその比較をしている。

例えば、冒頭に紹介した成田空港から新宿までのリムジンバスのチケット代であるが、彼は、「私の田舎なら、召使いを一ヶ月雇えるほどの高額だった」、と述べている。
本のなかでは、当時のリムジン代が記述されていないが、インターネットで調べて見るとせいぜい
3,000円であることが分かる。

ただ、インドの召使いの賃金と日本の賃金を比較する場合には困ったことが起こる。
「召使い」とは、英語ではservantであり、「女中」や「下女」と訳される。
「召使い」はもとより、「女中」も「下女」も差別用語であり、当然現在は使われていない。
メイドさんかと思って調べて見ると、メイドさんも差別用語なのか、職業欄からは90年代以降抹消されたそうなのである。

どうやら家政婦さんが、インドの召使いと比較し得る職業であることが分かる。
ところが、家政婦さんの賃金は、時給や日給が主力であり、住み込みの家政婦さんの賃金相場が分からない。

家政婦さんの日給は1万円程度のようなので、食事と宿泊費分を加味して、住み込み家政婦さんの月給を自分なりに、20万円前後と推定して見た。
こういう仮定を置いて、ようやく20万円÷3千円=約70、すなわち住み込みの家政婦さん(召使い)の物価差が70倍という見当がつくのである。

ところが、家政婦紹介所に照会してみると、これが何と、15,000円/日ということであった。
物価差は150倍である。(15,000円×30日÷3,000円=150)
文化や生活習慣などが全く異なる国同士の物価の差を比べるのはこのように難しいのである。

そこで、この本に出てくる色々な物価を片っ端から並べて見て、彼我の物価差を感覚的につかんで見よう。

サービスや商品
日本
インド
物価差
1.人的サービス

(1)召使い(住み込み家政婦)
(2)大学教授の月給


45万円/月
80万円/月 (注1)


3千円/月
6千円/月(日本のスイカ2個分)


150倍
133倍
2.野菜

(1)カリフラワー
(2)トマト
(3)長ねぎ


350円/1個
80円/1個
200円/1束


7円/1個
約80銭/1個
1円/1束


50倍
約100倍
200倍
3.食事

(1)大衆カレー屋(インドのパン)
(2)インド人のレストラン
(3)昼食用弁当


150円/1枚
    −
850円/1箱


7.5円/1枚
    −
約40円/定食



20倍
70倍〜80倍
20倍

4.家賃

マンション家賃(新宿区のワンルーム)


9.6万円/月


比較不能


無限大

(注)大学教授の月給は、国立大学の教授を想定した。
日本の大学教授は年俸制ではなく、また個人によって、家族手当、管理職手当あるいは地区手当てなどの変動要因が多いため、「白い巨搭」の財前教授の俸給を試算したホームページから引用。
この俸給月額に、筆者がボーナスを推定で加算した。
(「はてなダイアリー」、Invention: Flagments of life E-Dur 〜思考訓練のための、4月9日)

こうやって眺めると、分野によって物価には大きな開きが出てくることがわかる。
例えば、シャルマ君は、ワンルームマンションの自分の部屋を見て、最初は召使いの部屋だと思ったそうである。

インドでは、月9万6千円(インドでは、2万7千ルピー)も出せば、それこそ豪邸が一軒丸ごと借りられるそうなのである。
また、住み込みの家政婦さんは需要と供給に極端な開きがあるために、これだけの金額になっている。

なお、1992年〜94年当時の為替レートは、3.56円/ルピー程度であった模様である。
(96,000円÷27,000ルピー=3.56)
シャルマ君は、日本の物価を3.56で割っては、インドの物価に置き換えているわけである。
(2004年4月9日現在の為替レートは、2.64円/ルピー。東京三菱銀行,TTS)

そうなると、この為替レートの水準が妥当かどうか、ということになってくる。


購買力平価と為替レート

それでは、国同士のお金の値打ちを決めている為替レートはどうやった決まっているのだろうか?
実は為替レートくらいその決定メカニズムの難しいものは無い。
(前回の「外貨預金を検証する」参照 )

理論的に言って、最も納得感のあるのが「購買力平価」という考え方である。
「購買力平価」とは、ある国の通貨建ての資金の購買力が、他の国でも等しい水準となるように、為替レートが決定されるという考え方である。

例えば、あるモノが日本で110円、米国で1ドルである場合に、1ドル110円であれば、購買力平価が釣り合っていることになる。

ただ、日本とインドの物価差を色々な分野で比較をしてみたが、この結果で分かるとおり、文化や生活習慣あるいは宗教などが全く異なる国同士の購買力を比較するのは、想像を超える難しさがある。

このため、有名な話しとして、為替レートには、マクドナルドのハンバーガーの値段を採用したらどうか、という意見すらあるのである。
筆者も、サンパウロ、上海、ローマ、ジャカルタなど世界各国でビッグマックを食べているが、それも為替レートの妥当さを検証するためである。
(これによると、1ドルは100円強となり、アメリカから見るとまことに都合の良い結果となる。)

ところで、OECDは、1ドルは150円強という購買力平価を算出しており、これによれば日本の円は明らかに買われ過ぎ(過当評価)となっている。
海外旅行をすると何を買っても安く感じるのは、現在の為替レートが購買力平価を大きく上回っているせいなのである。

それでは本題に戻って、インドルピーと日本円間の購買力平価はどのような水準と推定されているのだろうか?
シャルマ君が日本に滞在していた当時の3.56円/ルピーや現在の2.64円/ルピーというのは購買力平価と比べて妥当かどうか、ということである。

結論から言うと、とんでもないほどルピー安(円高)であり、何と購買力平価の5.07倍の水準にある。(アクアデータ制作・著作、「経済コラムマガジン」第210号から)
これでは、シャルマ君ならずともインドから来れば、日本の物価は異常に高いと感じるはずである。

実は、インド政府が必死になって後を追いかけているのが中国なのである。
一時社会主義的経済制度を採用したインドは、開国解放政策に乗って、実質的に資本主義経済に移行した中国に大きな遅れを取ってしまったのである。

そのインドが、「中国に追いつき、追い越す」ために採用したのが、中国以上に極端な為替政策(ルピー安誘導)であったのである。
アメリカの雇用が回復しない大きな理由として、ハイテク産業を中心にインドへの仕事の発注や人材の依存が激増していることが挙げられている。

インドに仕事や人材を求めるのは、何もインド人が理数系に明るいからだけではない。
要は、インドの人件費や物価が異常に安く、海外の企業から見て魅力に富むのである。
逆に、インドからアメリカや日本に旅行に出掛ける場合には、異常な物価高に悩まされることになるのである。


結論

昨今、極端に安い水準で実質的に固定相場制を堅持している中国への批判が強い。
現在1元=15円程度であるが、筆者が中国を訪問した天安門事件直後の1989年当時は、30円もしていたのである。

当時ですら、何を買っても、何を食べても本当に安さを痛感したことをおぼえている。今なら、中国の元は当時のさらに半分にもなっているのである。
実は、為替レートではなく、購買力平価で換算すると中国のGNP(国民総生産)は既に日本を抜いて世界第2位になっている。

インドも日本に次いで、世界第4位の経済大国になっているのである。
中国もインドも、購買力平価付近にまで為替レートの調整を進めてほしいというのが大方の本音であろう。

ところで、日本の為替介入がアメリカ側の不快感を買っているが、中国やインドのしたたかな為替政策を見ていると、どうにもいじらしくてならない。
「購買力平価との極端な乖離を正すのが日本政府の為替介入の基本だ」と何故言えないのか。どう考えても日本経済から見て「居心地の良い」為替レートは、1ドル=130円以上の水準である。

日本円が円安に調整が進み、インドルピーが諸外国通貨に対して高くなれば、
第2のシャルマ君の悩みは幾分解消されるのだが。
シャルマ君の素朴な悩みの原因を探るうちに別のお金の話しになってしまった。


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